私がJazz The New Chapterを読む理由


(先日ライブに感動したカート・ローゼンウィンケルとカイピ・バンドのインタビューも載っている『Jazz The New Chapter 4』(シンコー・ミュージックMOOK)。2回読み終わったこのタイミングで、考えたことや、シリーズの愛読者としての気持ちをまとめてみました。たいしたことは書いていませんが(笑)、ライブ後の勢いで書いてしまったので、ジタバタせずにこれもアップします)


私がJazz The New Chapterを読む理由

ジャズミュージシャンが媒介することで生まれる音楽がある。ジャズ、ロック、ソウル、クラシック、ポップスなど様々な要素が混交する昔のフュージョン然り。またヒップホップ、R&B、エレクトロニカ、クラシック、ワールドミュージックなどが融合する近年の音楽にも、ジャズミュージシャンが重要な役割を果たしている。『Jazz The New Chapter』シリーズ(以下JTNC)は、この後者、既存のジャンルに収まらない「今いちばん新しい音楽」をジャズの視点から捉えようとする試みだ。


いつの時代も、異種の音楽の間に橋を架けるのは「高い演奏技術」ではないかと思う。そしてこの高度な演奏力と音楽理論に裏づけられた即応性、多様な音楽スタイルへの対応力こそジャズの魅力だろう。例えば、かつてのフュージョンブームの中心となる担い手は、主に、多彩なスタイルでの演奏が可能なジャズの素養を持ったセッション・ミュージシャン出身者だった。スタジオを中心に、様々な国籍と音楽的背景を持つミュージシャンの間でテクニックと感性の交換が行われ、新しい音楽が生まれ、アフリカ系アメリカ人の音楽、白人系アメリカ人の音楽、カリブ海の音楽、南米の音楽、ヨーロッパの音楽、アフリカの音楽、アジア人の音楽などがそれまでとは違う広がりをもって世界中に伝わっていった。私たちはこうした「音」から「文化」を聴き、それまでの音楽にはなかったフィーリングを受け取り、音楽を観念や形式ではなく、より自由な感覚的で受け止めるようになった。昔のフュージョンに例えるのは適切ではないかもしれないけれど、既存のジャンルの枠を超えて音楽が融合するプロセスには似た部分があると感じるし、JTNCが扱う「現代のジャズ」シーンにも同様な勢いと可能性があると思うのだ。

「ジャズっていうのはスタイルというよりも、アプローチへの理解であって、音楽への理論的なアプローチなんだ」
ビラル(Jazz The New Chapter 4 / P.55)


(ここで個人的な話をすると…)ちょうど70年代の末、それまで純粋なロックファンだった自分が、兄が持っていたスティーリー・ダンの『エイジャ』をたまたま聴いたことが入口となり、フュージョンやジャズ、AORを聴くようになったのも、このアルバムに参加していたトップ・プレーヤー達の最高レベルの表現と出会ったからだった。それまでに聴いたことのなかった都会的で洗練されたハーモニー、人間業とは思えぬ細かく複雑な(そして洒脱な)リズム、まだ見ぬ異国の街の空気を感じるようなアレンジに目を見張り、その刺激に満ちた音に夢中になった。そして、音楽を聴くという行為そのものの質が大きく変わり、その後ジャズやソウルミュージック、ファンク、R&B、アメリカンルーツミュージック、さらには南米音楽などに分け入ることにつながっていった。そんな新しい音楽体験への入口となったアルバムが、自分の場合は『エイジャ』だった。そして最近ではエスペランサ・スポルディングの『チェンバー・ミュージック・ソサエティ』や、シャソール『ビッグ・サン』、三宅純『ロスト・メモリー・シアターAct-1&2』、ジェフ・パーカー『ザ・ニュー・ブリード』といったジャンル横断的なアプローチの作品が私の新しい音楽世界を拓いてくれている。


こうしたジャンルに収まらない音楽を捉えるには、黒人音楽と即興演奏にベースを置いた従来のジャズの理解だけでは対応しにくい(その点で、JTNC 1の「アメリカのゴスペルやブルースを介さないジャズサウンドの追求」という問題提起は画期的なものだった※)。白人系のカントリーやロック、フォーク&ルーツミュージック、南米音楽、さらにはそれ以外の世界の音楽など、ジャズミュージシャンがつなぐフィールドは幅広い。逆に、ジャンルレスな領域の音楽にまで「ジャズ」の概念を広げることができれば、コンテンポラリーな音楽が大きくひとつにつながる。それらをジャズと呼ぶかどうかの議論はあるだろう。しかし、その定義に拘泥するための時間を費やすくらいなら、カッコいい「ジャズミュージシャンが媒介する今いちばん新しい音楽」を1枚でも多く楽しむ方がいいと自分は思ってしまう(だって人生は短いのだから 笑)。そのための豊富なインタビュー記事がJTNCにはあり、その理解を助けるディスクガイドがある。それらを読み、聴くことで、アメリカやブラジルをはじめとした国々の多様性に富んだ音楽や文化を立体的に捉えることもできる。そして、何よりも、最新の動向に注目するようになり、新譜を聴くことが楽しみになる。自分がJTNCを毎号楽しみに読む理由はこのあたりにあるのではないかと考えている。

※ JTNC 4では、ゴスペルは現代アメリカのミュージックシーンを支える重要な要素の一つとして特集されている。

「一流ミュージシャンはカテゴリーのことは全く考えていないと思う。カテゴリーは、iTunesレコード店の役に立つものだ。…カテゴライズ出来ないのは素晴らしいことだよ」
ドン・ウォズ(Jazz The New Chapter 4 / P.112)


繰り返しになるがJTNCが扱うのは「ジャンル横断型コンテンポラリーミュージック」だ。この場合、ジャンルレスであるがゆえに、そこには何らかの切り口、あるいはストーリーが必要になる。例えば今回のJTNC 4では、近年、多数の重要アーティストを世に送り出しているフィラデルフィアの音楽シーンが特集され、異種の音楽と「文化」がどのように出会い、新たなアメリカンミュージックを生みだしているのか、様々なアーティストの証言から浮き彫りにしていく。こうした特集(各チャプター)のインタビューや対談を読み進めるうちに、読者はシーンの動向や人物の相互関係、音楽が融合するダイナミクスをイメージとして把握する。そしてこうした各チャプターの記事を補完するかたちで関連のアーティストのアルバムが紹介される。だから、ディスクガイドが音楽体験の入口として正しく機能する。

(現に、私の場合も、JTNCのディスクガイドに紹介されたアルバムを聴いていくうちに、ヒップホップやECM関連作品、ラテンジャズなど、それまで敬遠気味で積極的に聴いてこなかった音楽領域にも興味が湧き、一部のアーティストには相当ハマり込んでしまった…)

この記事部分を読み進めるためには、シーンに対するある程度のリテラシーを要求されるため、人によっては、最初は難しいと感じるかもしれない。そんなときは、ディスクガイドに紹介されている盤を、まずはストリーミングなどを利用して気軽に聴いてみてはどうだろう。気になる作品が見つかるはずなので、十分に楽しんでから逆に記事に戻ってみるのも良いかもしれない。


自分は、このJTNC(とくに4)を、自分がかつてそうであったようにロックファンなどの非ジャズリスナーにこそ手にとってもらいたいと思う。熱心なリスナーがひとたび自らのジャンルを超えれば、音楽体験の世界は大きく広がる。そして音楽を届ける側にとっても、彼らをキャッチすることはセールス的にも意味があるはずだ。JTNCのような取り組みが功を奏した時、より多くの「聴く耳をもった」リスナーに支えられ音楽を取り巻く状況はさらに盛り上がっていくだろう。
“Jazz The New Chapter” ―そのタイトルは刊行当初「ジャズ、その新章」といった意味合いがあったように思う。しかし、JTNC 3や4に至り、そのコンセプトは「ジャズ、あなたの音楽体験の新章をひらくもの」という風に、進化し始めているのかもしれない。これからのJTNCシリーズにも期待している。



【以下、雑記】
もともと、多様な要素が融合した「ひとくせある」ものを好む傾向にあった自分にとって、既存のジャンルに収まりきらない音楽は大好物。だいたい、好きになるアーティストのレコードやCDはどこの棚に入っているのかわかりにくいことが多いし(笑)。(きっと、子供の頃転校生だった自分は、集団のど真ん中にあるものや伝統的なものよりは、むしろ「外」と「内」の両方が見える周縁的なポジションにあるものに親近感を抱く傾向があったのだと思います)
このことに関連して、自分の個人的な音楽遍歴をもう少しだけお話しすると、ここ数年はジャズの影響が感じられるブラジル・ミナス系やアルゼンチンのアーティストの音楽を集中的に聴いていたのですが、その直前には、バップ以前のジャズやフォークの影響を感じるアメリカのアーティスト(例えばダン・ヒックスジョン・ハートフォード、ビル・フリゼール、ジョー・ヘンリー、ジェシー・ハリス、ジェフ・マルダー)、あるいはメロディ・ガルドー、テリー・キャリアー、キップ・ハンラハン、ブランドン・ロス、ミシェル・ンデゲオチェロといったジャンル横断的なアーティストをよく聴いていました。やはりここでも「ジャズっぽい音」「異種の要素が融合した音」が中心になっているし、その嗜好の糸を次々と辿っていくことで、ミルトン・ナシメントという巨星に出会い、さらにそこから南米音楽という、アメリカやヨーロッパとは別の巨大な音楽大陸に到達してしまい、レコードにライブにと、さらにドカンと消費する事態に陥っているわけです。ジャンルとジャンルの周縁部をたどると、聴く対象が無限大に拡大するため、恐ろしいことになります。Jazz The New Chapterのディスクガイドを掘っていくことが、散財人生の入口になるかもしれません。危険ですね(笑)。それではこのへんで。

Jazz The New Chapter 4 (シンコー・ミュージックMOOK)
Jazz The New Chapter 3 (シンコー・ミュージックMOOK)
Jazz The New Chapter 2 (シンコー・ミュージックMOOK)
Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平 (シンコー・ミュージックMOOK)