JTNC 5を読む、今のアメリカを知る。

シンコーミュージック・ムック『Jazz The New Chapter 5』(JTNC5)を読み終えた……いつもながらの満腹感である。しかし、加齢のせいか、老眼のせいか、本を一気に読むことがなかなかできない昨今、通読するのに予想以上の日数を費やしてしまった……。それは通勤電車で読むにはJTNCの判型が大きすぎるせいもあるのではないかと思っているが、これ以上はボヤかない(笑)。ともかく、この時期、深夜ヘロヘロになり家に帰った後のサッカーワールドカップTV観戦の合間に、あるいは休日に喫茶店で、チビチビと、しかし興味をもって個々の記事を読んでいった。

SNS界隈のコメントを読む限りでは、このJTNC5の人気記事ナンバーワンはどうやら冒頭のカマシ・ワシントンへのインタビューのようだ。彼のあのワイルドな外見と「対位法」や「ストラヴィンスキー」「プロコフィエフ」といった発言内容とのミスマッチ萌えにクラクラするが、たしかに面白い。カマシの音楽の聴き方が刷新されそうな刺激に充ちた内容だ。私自身もカマシの音楽は凄いことはわかるが正直どう捉えてよいのかわからなかったのだが、このインタビューは参考になった。なるほど、クラシックの素養か。

また、カマシの他にもケイシー・ベンジャミンをはじめ最先端のジャズシーンを彩るサックス・プレーヤー達へのインタビューはどれも貴重だし、ぼくが個人的に好きなネイ・パームやロン・マイルズ、マシュー・スティーヴンス、ファビアン・アルマザンの記事があるのもとても嬉しい。このようにJTNC 5は従来にも増してアーティストへのインタビューが充実しており、今まさに旬の人たちの生の声が聞ける面白さがある。

しかし、ぼくが最も注目する点はそこではない。いわゆるシーンの最前線にいるアーティストへのインタビューだけなら、他のメディアでもできるだろう。しかし(これは「4」やそれ以前の号でも見られたが)、JTNCではアーティストだけでなく、ジャズシーンを支える個人やレコード・レーベル、ジャズクラブ、学校や教会、コミュニティ、都市などにも目を向けている。そうしたオモテに出ない人たちにもフォーカスし、丹念に紹介しようとしている姿勢、それこそがこの本でいちばん評価したい点だ。

例えば、具体的に目次でいうと、下記の記事あたり(数字はページ)。

024 ヒューストンで育ったジャズ・ドラマーたちの背景にあるもの
036 What is the role of Jazz Media? アートワークからライヴまで一貫したリヴァイヴ・ミュージックの美意識(「リヴァイヴ・ミュージックのCEOメーガン・スタービレイとの対話」「デザイナー ローランド・リフォックス・ニコルの横顔」)
046 ウォリーズ・カフェ ―〈登竜門〉として機能し続ける老舗ジャズクラブ

あるいは、
116以降のWhat is Jazz? feat. American Classical Music etc.
128 Every State Has Jazz Teachers「ユナイテッド・ステイツ」としてのアメリカのこと

等々。

ある記事では、クリス・デイヴ、エリック・ハーランド、ジャマイア・ウィリアムス、ケンドリック・スコットらの素晴らしいドラマー達を生んだ街、ヒューストンに注目し、その街の音楽教師やミュージシャンを紹介。また別のパートでは、クリスチャン・スコットやジュリアン・ラージ、マカヤ・マクレイヴンにインタビューする中で「ジャズの中にあるアメリカ伝統音楽の要素や、各都市シーンからの影響」に関するコメントを引き出し、また、全米各地における音楽教育の現状や、教会、マーチングバンド経験がもたらす影響について語っているインタビューもある。あるいは、新しいジャズを生み続けるレコード・レーベルのキーパーソンに対するインタビューもきわめて興味深い。
  
思えば、JTNCには、こうした、ジャズを支える背景や人々への視点は以前からあった気がする。

JTNC 4においては、

「ジャズを考えるためにはアメリカ音楽のことをもっと考えないといけないんじゃないかと思うようになった。JTNCは自分たちらしい視点で、そんなことをもっと進めていくべきなんじゃないかと」 (同書、巻頭言から引用)

という問題意識から、「Think America Again」というコンセプトのもと、フィラデルフィアの音楽とその歴史にフォーカスしていた。

JTNC 5では、その対象となる都市がさらに全米規模に広がっているのだが、核にあるのは、「アメリカ音楽としてのジャズって何だろう? なぜアメリカで今のジャズが生まれてきたのだろう? その背景には何があるのだろう? アメリカのジャズと同様にアフリカ音楽、カリビアン音楽、ヨーロッパ音楽などの多様なルーツをもつ他の国の音楽と何が違うのだろう?」という監修者・柳樂光隆氏の強い関心なのだと思う(勝手に忖度)。

今回の「5」では、カマシのインタビューに象徴されるように、ジャズとクラシック音楽の今日的な関わり方がひとつのテーマとなっているように見える。が、このクラシックもジャズの構成要素のひとつ=ヨーロッパ音楽であり、JTNC 5においても作り手の目線はアメリカ音楽から離れることはない。たまにブラジルやヨーロッパ、アフリカなどの音楽の話があっても、それはあくまでもアメリカのジャズを考えるうえでの材料として置かれている。で、このアメリカへのこだわりが顕著に表れているのが、先に挙げた、アーティストインタビューにとどまらない「オモテに出ない人びとやアメリカのジャズを下支えする環境、あるいは背景となるコミュニティや都市」に関する多様なストーリーであって、こうした記事がぼくは今回最高に面白いと感じた。

こんな作り手のこだわりに触れるのも、JTNCを読む楽しみのひとつとなっている。少なくともぼくにとっては(笑)。音楽から現代のアメリカを知る一冊。