雨の日考、二題

雨。風もあって吹き降りの朝、ズボンがぬれるのを気にしながら歩いていた。
「ぬれたら風邪ひきそうだ」と思っていると、視界の端にぴょこぴょこ動くものがいる―小さな鳥が道路の脇にある駐車スペースのアスファルトの上をヨチヨチ歩いているのだ。雨の中傘もささずに大変だな、と思ったときに疑問がわいた。
「鳥はなぜ雨にぬれても風邪をひかないのか?」「それとも風邪をひくのか?」鳥インフルエンザなどという病気があるくらいだから体調を崩すことはあるのだろうが、基礎体温が高くて簡単には冷えないのか? それとも、雨にぬれても羽毛が撥水してくれるから大丈夫なのか? ブルブルッ!

雨といえば昔、受験浪人をしていた時に大阪の伊丹空港の近くに住んでいたことがあるのだが、その頃の雨の日を思い出した。とつぜんの雨。阪急バスの停留所から傘なしで降りた私はしばらくぬれながら家路を急いでいた。すると、後ろから傘を差し掛ける男の人あり。「私も同じ方角なので、途中までよかったらどうぞ」と笑顔で。その物腰があまりにスマートで自然だったので、素直に傘に入らせてもらうことにした。
路面をたたく雨音をBGMに少し話をした。その人は空港に勤めていることがわかった(私の父は気象観測の仕事をしていて当時は管制塔に勤めていた)。気象の話から、天候によってはフライトが取りやめになることがあることなど、家のある公務員宿舎までの道のりをいろいろと歩きながら話した。落ち着いた調子で話すこの人はきっとパイロットあるいはパーサーだろうと直感した。団地の宿舎に着いた。うちはいちばんバス停に近い棟だったので、そこでお礼をいって別れた。大人の紳士としての振るまいとは、かくあるべし。男の人の雨に煙る後ろ姿を見送りながら、自分もいつかこういう大人になりたい、と私は心に強く思ったのだった。

そして、あれから約30年。今日も駅前を雨の中を傘もささずに歩く女性がいる。しかし、相手が女の人だと傘は差し出しにくいもの。夜中にそんなことをしたらオッサンの下心が見え見えのようでひかれてしまうだろう。泣く泣く見送る。若い男だったらどうだろうか、例えばあの日の私のように。いや、今度はかえって別な意味であやしまれそうだ(笑)。一瞬浮かんだ発想をかき消すように頭をブルブルッと振り、私は一人むなしく傘を差して歩き出す。なかなか、スマートな大人になるのはむずかしい。

BGM: DAN PENN "Raining In Memphis" 1973年の傑作ソロデビューアルバムNobody's Foolから一曲。マッスル・ショールズのリズム隊が渋い
ノーバディーズ・フール(紙ジャケット仕様)