さようなら背番号3

2010年12月4日。Jリーグ横浜Fマリノス終戦。球団はすでに数名のレギュラー選手と来シーズンの契約を結ばないと発表していた。その中には16年間マリノスの中心選手として、また日本代表センターバックとして活躍してきた松田直樹も含まれていた。
私はその日は、はじめは見に行く予定は全然なかった。しかし、朝から、トリコロールカラーのユニフォームを着た松田選手の最後の姿を見たいという気持ちがだんだん募り、いても立ってもいられなくなって、昼過ぎから取るものもとりあえず日産スタジアムに向かった。
試合の結果も、試合の相手チームですら今では思い出せない。しかし試合の終盤に途中交代で入った松田選手の姿ははっきりと憶えている。アップしている時にベンチから呼ばれた瞬間の様子、交代する相手の河合選手をライン際で待つ姿、ピッチに入って駆け回り、ディフェンスラインを統率する姿。そして試合終了の笛。
ホーム最終戦ということで試合後にはセンターサークルにチーム全員が整列し、社長の観客への挨拶が始まった。しかし、契約解除の一件もあり納得できないサポーターは「直樹」コールを繰り返す。まるで社長の挨拶を無視し、かき消すかのように。フロントではなく選手こそが真に大事なのだというサポーター達の心の叫びが、まさに轟音のようにスタジアムに響き続ける。挨拶が木村監督に代わってもその叫びは鳴り止まない。いや、ますますボリュームアップしていった。その間、列の一番端に立っていた松田選手は、一人ゴール裏のFマリノスサポーター席に向かって立っていた。時折ユニフォームの襟の部分を引っ張って涙を拭いているようにも見えた。

セレモニーの後、選手が場内を一周してファンに挨拶してまわる。怪我をして試合を欠場した中澤はスーツで先頭を歩く。そしてその後の集団の中には、同じくこの日で退団する山瀬、河合、清水、坂田、そして松田らがチームと一緒にトラックを一周している。最後に彼らがゴール裏に来ると歓声は一段と高まる。
セレモニーは終わり、選手達がホームスタンド裏に引き上げた後も、直樹コールは止まない。そして、まるでアンコールに応える歌手のように、松田選手が再度ゴール裏に向かう。そこで台に上がり、数々のニュースでも取り上げられた例の挨拶が始まった。サッカーが本当に好きなこと。そして、まだまだサッカーをやりたいということを、彼らしい率直な言葉でサポーターたちに語りかけたあの最後の挨拶だ。今思うとあのときの言葉が胸に突き刺さるようだ。
松田直樹という選手は、素晴らしいセンスと身体能力に恵まれ、本当に世界に出られる逸材だったと思う。しかし、率直すぎる性格がときに監督やコーチとの軋轢を生んだこともあると伝え聞く。この契約解除のニュースを聞いたときも、私ははじめ驚きはしたものの、すぐ次の瞬間に納得した。自分が監督だったらベテラン選手で言うことを聞かない選手がいたらそれはやりにくい。自分のめざすチームづくりを本気でやるなら、あえて外すことだってあるだろう。この解雇は悲しむべきことではあるけれども、むしろ松田選手にとっては現在の「生え抜きの王様」としていられる状況から抜け出して、外の飯を食べ苦労することでひとまわり人間的に大きくなってくれるいいチャンスかもしれない。そんな風に思ったのも事実だ。そしていつかはまた指導者としての松田を見られる楽しみもできるじゃないかと。
しかし、そんな松田直樹成長物語を私たちが最後まで見届ける夢は叶わなかった。まさかあの12月4日の最終戦が、あの挨拶が最後になるなど思いもしなかった。本当に残念だ。
終わりにひとこと、彼は、鈴木隆行選手などと同様、非常に均整のとれたスタイルのいい選手だった。背が高く頭が小さく、肩幅が広く、足が長い。ピッチに立つ姿が非常に美しく、スタンドから見ていても一目でそれとわかるオーラを持っていた。真のスター選手だったと思う。
松田直樹選手のご冥福を心からお祈りいたします。