パン食の技術革新
じつは私は朝食をほとんど欠かしたことがない。貧乏学生の一人暮らしの時代を含めて、朝食を抜くことはほぼなかった。それは、食べないと腹が減るだけでなく頭に血がまわらずエンジンがかからないからだ。そして、朝は子どもの頃からずっとパン食である。パン食といえば、戦後、米国の余剰小麦の処分市場として日本が選ばれ、GHQの占領政策のひとつとしてなかば無理やり普及させられたという説があるが、うちの場合は母方の祖父が大正から昭和のはじめにかけて海外生活をしていたので紅茶と食パンというセットはDNAに組み込まれているのである(ホンマか!)。何かで読んだが、朝食の嗜好というのは母方の血筋からの影響が強いそうだ。ということで、今は同じくパン食族の末裔であるヨメの実家の影響で紅茶が珈琲にスイッチしたものの、朝はパン食を継続しているわけである。
この私のパン好きは相当なもので、食べ盛りの高校時代には毎朝6枚、つまり一斤を一人で平らげていたほど。当時、兄は家を出ていたので両親と三人家族なのに、毎日近所のパン屋に2斤買いに行っていた母は毎度「恥ずかしい!」と嘆いていた。それは、ひとえにそのパン屋(同級生の親戚がやっているパン屋だった)の食パンが当時は異常においしく感じたからだが、食べ過ぎ! それもひたすらバターを塗っては焼き、塗っては焼きの繰り返しでよくも飽きなかったと思う(笑)。そのようにパン食と私の人生は切っても切れない関係であり続けている。今はヨメさんと私の二人暮らし。朝は私が2枚、ヨメはんが1枚、それに野菜と果物と珈琲、休日にはハムエッグをプラス、という食卓ラインアップ。6枚切りの食パンを買うと2日で消費される計算だ。パンがなくなると朝食を欠いてしまうわけで、その補充は生活の根幹を成す大問題であって、以前はつねにおいしいベーカリーを数軒確保して、2日に1回は食パンを購入していた。クルマで帰省する際など、東名高速道や中央高速道の途中のサービスエリアでベーカリーのある場所を事前にチェックしておいてパンを確保するというほどの涙ぐましい努力を重ねていたのである。
ところが、そうした食パン購入ストレスから解放される日がやってきた。去年、ホームベーカリー「ふっくらパン屋さん」が我が家に導入されたのである。小麦粉2種類と、塩、砂糖、バター、脱脂粉乳、ドライイースト、これさえあればいつでも自宅で食パン(それも、けっこううまい!)ができる。これは食パン中毒者の私には画期的なマシンだ。なにしろ、タイマーを使えば夜セットして朝にはホカホカのおいしい食パンができる。焼きたてはこれがひときわうまい。まったく文字通り「ほくほく」の朝がやってきたわけである。
ところが、ここでひとつ問題があった。やわらかいパンを切る場合に、家にあるパンナイフで切るとうまくいかず、厚みが均一にならないだけでなく、ナイフの重みでパンがぐにゃとつぶれ、ありえない形状の1枚が生まれてしまうのだ。そして、もうひとつの問題はパンくず。何度も押して引いて切っているとパンくずの量が半端ない(あ、軽薄な表現)。しかしこの煩わしさは、食パン自家生産体制という夢のシステムを導入したことの引き替えに受け容れなくてはいけないことなのだろうと半ば諦めていた。
ところがである。ここにきて新兵器が登場した。それは、ホームベーカリーファンたちの間で評判になっていたスイス製のパンナイフ「WENGER」。このちょいと(我が家的には)値の張るお道具をえいや! と購入したところ、これが信じられない切れ味。焼きたてパンもスーッと苦労なく切れ、切断面もフラットでじつに美しい。しかも、しかもである、その際にパンくずがほとんど出ないのである! うーむ、さすが精密機械をつくるスイス人、いい仕事してますねー。これは銘刀と呼ぶにふさわしい。オレ、以前の鈍い刃のパンナイフで何年ムダにしたのだろう(笑)。まったく朝の作業効率がちがうやん! 職人は道具にこだわるという話がありますが、私はただの食パン好きではありますが道具選びにもっと神経とカネをかけるべきだったと今さらながらに反省する日々でございます。
とまあ、世間の皆様にはどーでもいいことでありますが、近頃うちの朝の食卓にちょっとしたパン食イノベーションが起きているというお話でした。ということでBGMはやはりこの素晴らしいバンドで。