イギー、やめなさいっ!

それは夜の9時15分の青山通り。残業のため外での食事をとり終え、また仕事場に戻ろうと私は、信号待ちの間、読みかけの文庫本を街の灯をたよりに読もうと開いた、そのときである。「キャンキャンキャン! ブルルルルー!」 背後でけたたましい犬の鳴き声。あまりの大音響にビクッとして振り返ると、あれなんちゅうの、チンというんですか、のらくろが情けなくなった感じの黒白の小さい犬。あれと、もう一匹ブサ顔のミニチュアブルドッグがそれぞれ別の飼い主らしき人に引かれているのだが、どうやらそのご両名がキャンキャンと軽いバトル状態になり吠え出したようなのだ。そこは某シアトル系カフェチェーンの店先なのだが、あまりの高周波&爆音に道行く人も一瞬ストップモーションになっている。その音の凄さたるや夜なお交通量の多い青山通りの騒音を凌ぐほどで、その鳴き声は収まる気配はない。うるさいのー、と思っていたら、そのとき、犬の鳴き声に負けない大声で飼い主の女の人が叫んだんだ。
「イギー!やめなさいっ、イギー!こらっ、イギー!」
え?イギー??? 犬の名前でイギー?
「キャンキャンキャン! イギー!いい加減にしなさい!イギー! グルルルルー!バウワウ! キャインキャインキャイン! イギーったら! キャンキャンキャン! イギーっっっ! ワン!ワン! イギー、やめなさいっ!(以下続く:笑)」とまあ、こんな具合のセッションが展開されたのだ。だんだんと「そうか、イギーはどっちだ? のらくろか? それともブルか?」と興味が涌いてきたのだが、そうこうしているうちに信号が青になり後ろ髪を引かれる思いで(引かれるほどないけども)仕事に戻ったのであるが、それにしてもイギーって……そういえばジム・ジャームッシュの映画『コーヒー&シガレッツ』に、イギー・ポップとトム・ウエイツが喫茶店で会話する章があったが、ウエイツ氏(演じる人物。ひょっとして本人そのもの?)のあまりの気難しさにコミュニケーションが上手く図れず、あのイギー・ポップがビビって気を遣いまくっていたシーンが可笑しかったな。と、そんなことを突然思いだしたりして。
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