ロック・ソウルを支える名脇役たちを描く珠玉の音楽ドキュメンタリー!

映画『バックコーラスの歌姫たち(原題20 FEET FROM STARDOM)』

今日、横浜ニューテアトルでいい映画を見たので備忘録がわりに報告します。
※注意して書いておりますが一部ネタバレの内容を含んでいますので気になさる方は映画をご鑑賞後にお読みください。


コンサートやレコーディングの感動を格段に高めてくれるバックグラウンド・ボーカリストたち。この映画は、そうした歌手たちを題材に、ブルース・スプリングスティーンミック・ジャガー、スティング、スティーヴィー・ワンダーベット・ミドラーらの証言を交えつつ、とくにアフリカ系の女性ボーカリスト6名のキャリアに焦点を当てた音楽ドキュメンタリーだ。

登場するメンバーを紹介すると、
(1)アイク・アンド・ティナ・ターナーのジ・アイケッツのメンバーとして活躍後、デラニー&ボニー・フレンズ、ジョー・コッカーのマッド・ドッグ&イングリッシュ・メン、ジョージ・ハリスンバングラデシュ・コンサートにも参加したクラウディア・リニア(Claudia Lennier:ストーンズの『ブラウン・シュガー』のモデルと言われる女性)
(2)同じくストーンズの『ギミー・シェルター』での名唱や、レイナード・スキナード『スウィート・ホーム・アラバマ』、キャロル・キング『つづれおり』等でのバックコーラスで知られるメリー・クレイトン(Merry Clayton)
(3)1950年代からバックボーカルとして数多くのセッションに参加し、ロックの殿堂入りも果たしたダーレン・ラヴ(Darlene Love)
(4)ルーサー・ヴァンドロスチャカ・カーン、スティングなどのバックボーカル、89年からはストーンズのツアーに参加、自らもソロ歌手としてもグラミー賞を受賞したリサ・フィッシャー(Lisa Fischer)
(5)アリーサ・フランクリンに匹敵する歌唱力と評されながらもバックボーカルとしての立ち位置を守るタタ・ヴェガ(Tata Vega)
(6)マイケル・ジャクソンThis Is Itでデュエット・パートナーに抜擢され、注目を集めたジュディス・ヒル(Judith Hill)
といった面々。

彼女たちそれぞれの軌跡を順に追いつつ、バックボーカリストという職業の特質や、ロック・ソウルの歴史的変遷、エンタテインメント業界の内輪事情などがさまざまな視点から描き出されていく。

ダーレン・ラヴのエピソードでは、自分がソロで歌ったはずのレコーディングをフィル・スペクターに歌声だけ使われ、他のグループの影武者となった話があった(まさにこれはドラマ「あまちゃん」の天野春子的世界だなと思いつつ、スクリーンを見ながら「フィル・スペクター、またお前か!」と心で叫んでしまった:笑)。

また、ブラックミュージックに影響を受けた白人アーティストたちが60年代後半から70年代にかけて彼女たちを盛んに起用するようになるが、ロック・レジェンドたちと共演するクラウディア・リニアやメリー・クレイトンの若き日の映像などもロック・ソウルファンには、たまらないものだろう(自分も家に帰ってバングラデシュ・コンサートのDVDを見直し、感動を新たにした)。

ハリウッドのエレクトラスタジオを久しぶりに訪れたメリー・クレイトンが『ギミー・シェルター』録音時のことを語るシーンはとくに印象的だ。夜中に寝ているところを呼び出され、髪にカーラーを巻いたままパジャマにコートを着て臨んだレコーディング(彼女は妊娠中だった)で、あの驚異のボーカルを爆発させたそうだ。なんという能力の高さ! ストーンズのメンバーも興奮しただろうね、きっと。

彼女たちのその後の人生もさまざまだ。基本的には80年代後半からバックボーカルの仕事は漸減していく(複数の人の声によるハーモニーというのはライブやレコーディングの醍醐味だと思うのだが)。ある人は、仕事を失い、家政婦として働く時期を経てカムバックする。また、ある人は歌手を引退しスペイン語教師に転身する。ある人は、スターになる寸前であえてバックボーカリストの道に戻る……。
タタ・ヴェガの言葉が胸に響く。「もしもトップで歌い続けていたら、今私はここにいない。ドラッグ中毒でこの世にはいなかったかも」

音楽業界の内幕ものとしての興味もさることながら、こういうところに職業や人生の選択という普遍的なテーマも見え隠れする映画である。原題『20 FEET FROM STARDOM』にある、トップスターと彼女たちとを分ける数歩の違いが何か……このことへの興味よりもむしろ、画面から濃密に発散される彼女たちの歌うことへの愛やプロのバックグラウンド・ボーカリストとしての誇りに、見る者は強く惹き付けられる。音楽を支える名脇役を描いたドキュメンタリー『永遠のモータウン』や、数々の助演級の女優たちの苦悩を取材した『デブラ・ウィンガーを探して』などにグッときた人には絶対におすすめの映画だ。

ロック・ソウルの歴史を改めて学び直した。そんな気持ちになりました。これからレコードやCDを聴くときに、バックボーカルの声やクレジットにより注意することになりそうです。

(追記)
この映画に登場する歌手たちのほとんどが教会の聖歌隊出身で、声の融合(すなわち魂のハーモニー)を重視して育ってきた人たちであるという事実には、なるほどと思わせられました。

監督はモーガン・ネヴィル(キャロル・キングジェームス・テイラーのTroubadoursとかジョニー・キャッシュのドキュメンタリーなども彼の仕事)、製作はギル・フリーセン(A&Mの元社員だったそうです。この映画の完成と前後して逝去)