50歳になったカセットテープ(…同期か…)

カセットテープが生まれて50年経ったのだという。Twitter上でも、カセットテープの想い出を語り合うスレッドができていて、自分でもあれこれカセットテープのことを考えてみたけれども、そういえば頭出しの機能に初めて触れた時に感動したことをふと思い出した。

カセットテープはA面とB面をもち、時間を追って頭から聴き進めていくのに適した(いかざるを得ない)メディアだ。一度再生ボタンをカチッと押すと、あとは基本的にA面の頭からエンドへ、裏返してB面の頭からエンドへと聴いていく。だからこそ、曲の冒頭の無音部を見つけ頭出しをしてくれる機能が出たときは、「A〜B」の長い道程を徒歩で辿るお遍路にも似た旅に、自転車かバイクが登場したような利便性を感じたのだ。
ランダムに早送り、巻き戻しができる機能も存在したかどうかは不勉強につき知らないが、その機能をもってしてもA面とB面の間に厳然としてある壁は越えることができない。また、同じA面B面をもつLPレコードならば、少なくとも同じ面の中であれば盤面を俯瞰して針をまるでヘリコプターのように好きなポイントに下ろすことができるし、自由に前後を行き来することもできるが、カセットテープでは、基本的にはリニアな一本道を進むしかない。そういう意味で、カセットテープはA面とB面という2つのルートを徒歩で旅するように、より音楽を時系列に従って聴くことを運命づけられたメディアであったのかなと思う。

その後MDやCDが出て、曲のピックアップは簡単にできるようになった。アトランダムな再生もできるようになり、今や個別の曲をバラバラに聴く人の方が多いのかもしれない。
カセットテープの衰退(引退)とともに音楽の聴き方が大きく変わっていったように個人的には感じているのだが、カセットテープ世代の私などは、いまだにアルバムCDは頭から順に流れを追っていってしまう。そして流れや構成のなかに作家の意図を読み取ろうとする。これはどうしようもない性である。コンセプトアルバムでもないのに、ついつい裏読みをしてしまう。

同年代の友達がかつて言っていたが、CDの時代になってからもアルバムの1曲目と5曲目、6曲目をまずチェックしてしまうそうだ。つまり、その3曲とは、LPとカセットテープ時代でいうA面の1曲目(キャッチーな曲やヒット曲)、A面のラスト(シングル曲や自信作が入っていることが多い)、B面の1曲目(これもキャッチーないい曲が配備されることが多かった)にあたる。あくまでポピュラーミュージックの例だが、これはまったく自分も同じことをしていた。そんな癖を見つけるたびに、ああオレもアナログ世代なんだなと思ってしまうのですね。
最近読んだ『スティーリー・ダン Aja作曲術と作詞法』(ドン・ブライトハウプト著、奥田祐士訳 DU BOOKS 発行)という本でも、スティーリー・ダンの名作アルバム『Aja』の曲順が、Cメジャーで始まりAメジャーで終わる1曲目→まる1音高いBメジャーではじまりBm11で終わる2曲目→半音高いCメジャーで始まる3曲目……という風にロジカルな流れを構成しているという記事(同書籍109頁以降)が書いてあって、このあたりにも「時系列アルバム聴取派」としてはニヤリとさせられるわけです。

カセットテープにまつわる想い出はいろいろあるし、今でもカセットテープデッキは所有していて、何本かはいまだに捨てられないでいるテープもある。まだまだカセットテープを使う機会はあるかもしれない。磁気テープ類がHDD(ハードディスクドライブ)よりも記録メディアとして優れている点もあり再評価され始めているという記事も最近読んだ。誕生から50年、「がんばれ、カセット!」と心の中で静かにエールを送る私がいるのであった。

さて、ずいぶんご無沙汰してしまったブログ更新ですが、この10月に引っ越しをしまして、仕事もあれこれあって間が空いてしまいました。まだまだ段ボールの山に埋もれているような次第ですが、生活が落ち着いてくれば再開しようと思います。今日はその第一弾ということで。ではまた。