1973年音楽の旅〜ケペル木村のブラジル音楽幻祭夜話 Vol.4 @mal di mare

ちょっと前の話になりますが、8月19日(金)は例によって週末の「音楽旅行」に神宮前へ。会場はいつものmal di mareさん、ブラジルの料理やお酒も楽しめるちょっとした隠れ家的なお店です(マルディマーレ:東京都渋谷区神宮前3-27-23 Uビル2F ランチもあり)。さて「ケペル木村のブラジル音楽幻祭話」、今回のテーマは「1973年」。私はこのタイトルを見てかなり激しく反応しました。なぜならこの年の前後には、欧米のアーティストとくにシンガーソングライター系の人たちがいいアルバムをたくさん出していますからね。今回のレコードライブはこの1973年前後にリリースまたは録音されたアルバムを特集するとのこと。個人的には、ビートルズビーチボーイズが革新的なアルバムを発表した1967年から、シンセサウンドが入り始める前、1975〜1976年までの時期はポピュラー音楽のひとつの全盛期だと思っていて(この時期のアナログ盤の魅力には抗えません)、そのピークともいえる1973年を中南米音楽のケペルさんがいかなるプログラムに仕上げるのか、非常に興味をもって出かけました。ちなみに当日の朝は、強烈な風雨に見舞われました(国立NO TRUNKSでのイベントに引き続き嵐:笑)。では、紹介されたアルバムを順におさらいしましょう。


1)オス・ノヴォス・バイアーノス OS NOVOS BAIANOS “Acabou Chorare"(1972)アカボウ・ショラーレ
“新しいバイーア人"という名前をもつ、1960年代後期〜1970年代後期に活動したグループが残した傑作セカンドアルバム。オリジナルメンバーはバイーア出身のガルヴァォン(作詞)、モライス・モレイラ(ギター・ヴォーカル・作曲)、パウリーニョ・ボカ・ヂ・カントール(パーカッション・ヴォーカル)とリオデジャネイロ出身のベイビー・コンスエロ(ヴォーカル)。そこにペペウ・ゴメス(ギター・バンドリン)、ジョルジーニョ・ゴメス(バンドリン、ドラムス)、ダヂ(ベース)らのメンバーが後に加わり、いわゆるコミューンをベースに音楽活動を展開していたグループだ。非常に演奏に一体感があって、時代の包容力というか雰囲気がムンムン伝わってくる。紙ジャケのCDも再発されていて、そちらを買って聴いてみるとアコースティックな曲もとてもいい感触。1990年代に再結成したらしい。

2)ガル・コスタ GAL COSTA “INDIA"(1973)インディア

刺激的なジャケットは要チェック。彼女も1969年前後はアフロヘアーで激しい音楽をやっていたそうだが、70年代のこのあたりになると楽曲も歌い方も瑞々しい感じ。えらくノリのいいグッとくる演奏だと思ったら、バックは、トニーニョ・オルタ(el.g)、ルイス・アルベス(b)、ホベルチーニョ・シウヴァ(ds)、ヴァギネル・チゾ(kbds)、テノーリオ Jr.(p)をはじめ、クルビ・ダ・エスキーナ期のミルトン・ナシメント・バンドの主要メンバー。そこにプロデューサーでもあるジルベルト・ジル(ac.g)が加わったメンツ。そりゃイイはず、納得。

3)ネルソン・アンジェロ&ジョイス NELSON ANGELO & JOYCE “NELSON ANGELO E JOYCE"(1972)
先日来日公演をしたジョイス(残念ながら見られず)。その最初のパートナーだったネルソン・アンジェロ(g)との共作。やはりバックはミルトン・ナシメント・バンドの面々。ダニーロ・カイミ(fl)他も参加している。本作はネルソンの曲がほとんどでジョイスの曲は1曲のみだがこれがいい。すんなりと頭に残る曲は少ないのだが、全体にゆったりとした自由な空気がみなぎっていていいアルバムだと思う。90年代にアナログ盤が再発され、私も先日1枚入手。ジョイスさんは、今年の5月にリオで東日本大震災被災者のためのチャリティーコンサートを開催してくれたそうで、感謝感謝。


4)エリス・レジーナ ELIS REGINA “ELIS"(1973)Elis 1973
1973年前後はエリスにとって、バックミュージシャンを総入れ替えするなど公私ともにターニングポイントとなった時期らしい。それ以前に、軍事政権を批判したことを公開謝罪させられた事件があったそうで、1973年にはテレビ番組でその件に関するインタビューを受け、釈明したくてもできない悔しさを表情ににじませていたそうな(その映像は現在DVD等で見られるそうです)。そんな時期に発表されたこのアルバムはジャケットも中身も内省的な印象を受けるが、その分音に深みがあるように思える。何聴いてもこの人の歌のうまさは格別。


5)ミルトン・ナシメント MILTON NASCIMENTO “MILAGRE DOS PEIXES"(1973)Milagre Dos Piexes※ジャケットはオリジナルのLPの方が数段かっこいいです。
同じく軍事政権の締め付けが厳しかったこの時期、ミルトンは歌詞のないスキャットだけの曲などをこのアルバムに入れている。歌詞の検閲に対する抗議の意味があったのか。この時期、ブラジルのアーティストたちは歌詞に隠喩・暗喩を多用するようになり作詞の技術が格段に向上したということである。怒りをぶつけるような荒々しさ、そしてアフロの熱気を感じるアルバム。


6)サンタナ SANTANA “CARAVANSERAI"(1972)Caravanserai
ここで舞台はメキシコ経由で一気に北米へ。このアルバムでカルロス・サンタナは、アントニオ・カルロス・ジョビンの“Stone Flower"をあの粘っこいギターサウンドでカバーしている。


7)スライ&ザ・ファミリー・ストーン SLY & THE FAMILY STONE “SMALL TALK"(1973)Small Talk
出た! 私にとってスライのベストアルバム。まさかこのアルバム来るか。ストリングスなども導入し洗練されたアレンジが脊髄を激震させるクールなファンク。今のところスライの最後の傑作といえるだろう。それ以前に在籍したアンディ・ニューマーク(ds)やランディ・グラハム(b)といった人たちと比べると派手さはないものの、ラスティ・アレン(b)とビル・ローダン(ds)のリズム隊が生み出す微妙にルーズなグルーヴが個人的には好物。


このあと、続いて下記のアルバムが紹介されました。
8)アース・ウィンド&ファイア EARTH, WIND & FIRE “OPEN OUR EYES"(1973)Open Our Eyes
9)マイルス・デイビス MILES DAVIS “ON THE CORNER"(1973)オン・ザ・コーナー
10)エルメート・パスコワール HERMETO PASCOAL “A Musica Livre De Hermeto Pascoal"(1973)
ア・ムジカ・リヴリ・ジ・エルメート・パスコアル
11)アイルト・モレイラ AIRTO MOREIRA “FINGERS"(1973)フィンガーズ

レコードをかけながらケペルさんのお話は、当時の社会と音楽状況、アーティスト間の相互関係、当時の貨幣価値やレコード一枚の価格、いろいろな裏話を交えながら自由にインプロヴィゼーションを展開。お話と音楽からブラジルの1973年的状況を考えると、軍事政権下にあって自由を心から求める空気というものがミュージックシーンに通奏低音のごとく流れていたのではないかと感じられます。ある人は陽気に、ある人は静かに、ある人は陰鬱に、ある人は激しく。そして、北米にあっては時代的にはベトナム戦争が終わった年でもあるのですね。そう、ウォーターゲート事件もこの年。日本ではオイルショック、そして先日逝去された小松左京さんの『日本沈没』がベストセラーになった年でもあります。私は当時小学生で、欧米やブラジルの音楽を取り巻く状況などはわかりませんでしたが、何か不安と希望が入り交じったザワザワとした時代だった記憶があります。テレビや漫画、歌謡曲も全盛期でしたしね。「70年代前半」は今でも強烈に魅力的であります。

さて、話にも出てきたアイルト・モレイラやエルメート、ミルトンらと共演したウーゴ・ファットルーソが来日中。私もライブに行ってきました。そのレポートは次に。

最後に、1973年のヒット曲をいくつか思い出してみましょうか:
(海外)Killing Me Softly With His Song (Robarta Flack), Tie A Yellow Ribbon Round The Old Oak Tree (Dawn featuring Tony Orlando), My Love (Paul McCartney & Wings), You're So Vain (Carly Simon), Crocodile Rock (Elton John), Let's Get It On (Marvin Gaye), Top Of The World (Carpenters), Superstition (Stevie Wonder), Love Train (O'Jays), Doing It To Death (Fred Wesley & The JB's)など
(日本)同棲時代(大信田礼子)、狙いうち山本リンダ)、他人の関係(金井克子)、ジョニイへの伝言(ペドロ&カプリシャス)、夢の中へ(井上陽水)、心の旅(チューリップ)、危険なふたり(沢田研二)、草原の輝き(アグネスチャン)、わたしの彼は左きき麻丘めぐみ)、色づく街(南沙織)、個人授業(フィンガー5)、夜空(五木ひろし)、青い果実(山口百恵)など

いいですね!