暑くなると思い出すひと言
暑い。この「暑い」という言葉を発してもどうせ何にもならないのだから口にしなけりゃいいのだが、言わずにいられる自信がない。そんな暑い日に、なぜか思いだしたことがある。
一年前くらいの平日の昼、私は渋谷のとあるビルにある和食処で食事をとっていた。少し昼時を外した時間帯だったせいか店内は比較的空いていて私の右隣は空席、そのさらに右隣にはオバサマが二人、向かい合わせでビールを飲みながらコアリズムの話をしていた。
一人は50歳代のマダム風、しかも服装はどことなく70年代が入っているスーツ風で膝上のタイトスカート。しかし髪は中途半端に肩までゆるやかなパーマネントがかかっていて茶髪というよりは「毛染め」といった感じ。つまりなんとなく時代を感じさせつつも「女」をやめてません的な雰囲気が漂っている。そしてもう一人は、40歳代後半で太っている。ただただ太っている。私の脳裏には「りえママ」の二文字が……(古い!)。
コアリズムの話の後は、何やらショッピングの話などをウダウダしていているこの二人、私はその会話の様子から「ひょっとして姉妹?」という疑惑を持ち始めた。この太ったりえママ、よく見れば向かいのマダムを若くして141パーセント拡大して弁髪にした人に見えなくもない。しかし、すぐに私はそんな推理を働かせている自分を心の中で戒めた。この二人がたとえ種違いの姉妹であろうとなかろうと、例えば三十年ぶりに再会したかつて彼氏を取り合った先輩後輩の間柄であろうと、私には何の関係もないのだ。そうだ、このノイズに煩わされずに食事を楽しもう、そう思って箸を取り直した私を弄ぶかのように、二人は今度は次の一杯を日本酒にするかサワーにするか、店員を呼んだあとになって「ええと、何にしよーかなー、えー、たくさんあってーわかんなーい」と甘ったるい声を出して逡巡している。このしゃべり方なんかイライラするぞ。そして迷いに迷った揚げ句に、りえママが発したひと言にさすがの私も味噌汁の椀を倒しそうになった。
「じゃあー、ユミもサワーにするぅ!!!」
声色は女子高生である……私は、ユミとマダムが姉妹か否かという推理などどうでもよくなり、胃からこみ上げてくる何かを必死で抑えながら早々に食事を切り上げた。あれは暑い夏の日の午後のことだった。