Melody姐さん、ついていきます!

年下なのにアニキと呼びたい人がいる。たとえば強靱な精神力と体力で今なお現役を続ける阪神の金本選手。また、年下なのに姐さんと呼びたくなる人がいる。たとえば女子サッカー日本代表の司令塔、沢穂希選手や、バンクーバー五輪で一発逆転を狙って果敢に攻めの滑りを見せながら最後のエアで大撃沈した里谷多恵選手といった人たちだ。そして、3月18日渋谷クアトロ。シンガー・ソングライターMelody Gardot(メロディ・ガルドー)のライブを観終わった私は、呆然としながらステージに向かってつぶやいていた。「姐さん…」と。
Melody姐さん(vo, p, g)の他のメンバーはウッドベース、サックス、ドラムスの3人。CDではこのほかにストリングスやハモンドオルガン、トランペット、ドブロといった楽器が曲ごとに使い分けられているが、この日は至ってシンプルなセットだ。現代音楽風のアーティスティックな演出から始まり、意外な展開にあっけにとられていると、やがて、繊細なニュアンスをもつ柔らかなボーカルがフェイドインしてくる。そして、その後は時にスタンダードジャズ風に、時にブルース風、時にブラジリアン風に、そして時にルーツミュージック風にと、さまざまなスタイルで彼女の奥深くも多彩な「メロディ」を表現していく。曲は、「キャラバン」のカバーを除いてすべて自作だと思うが、全曲を通じて、これまでのポピュラーミュージックの歴史が上質なかたちで融合されたかのようなスタンダードな響きがある。それは、何とも表現しにくいが「今様スタンダード」とでもいうべきだろうか、さまざまな音楽のルーツを感じさせながらも、彼女の身体を通過して提出される楽曲には、何やら得体の知れない王道感、メインストリーム感があるのだ。そしてそのステージはアーティスティックになり過ぎることなく、またエンタテインメントにも偏らず、MCはユーモアを交えつつ進んでいく。そう、曲とアーティスト、アーティストと聴衆との距離感が絶妙なのだ。簡単に言うなら「大人っぽい」。そして、優美な楽曲で美しい夢の世界へと連れていってくれた後に、「最近覚えたの」といってステージ上で煙草の火をつけると、その匂いが漂ってきた瞬間に今度は場末の酒場のような猥雑な世界観が空間全体に横溢する。一瞬にして空気を変える演出力には感心した。
アンコールでは、バンドが去ったあとに、杖を横に置き(彼女は19歳の時に遭遇した交通事故で1年以上の入院を余儀なくされ、現在も事故の後遺症で彼女はさまざまな障害を負っている)、本人の足踏みとスナッピングだけのアカペラが始まった。歌詞が心にストレートに届く。集まった聴衆も、エンディングの声の最後のヴィブラートの1音まで聴き逃すまいと耳をそばだてる。喝采を受け、用意してあったシルクハットを被り、ステージを後にするMelody Gardot。この風格、この技術、圧倒的なセンス。これで当年とって25歳。凄すぎる。いったい何年ほど人生の遠洋漁業に出ていたのだろうか(笑)。これからもフォローしていきたいアーティスト、いや姐さんである。このライブ、満点あげます。
You Tubeにあったライブ映像。編成もルックスも今と違うけどこれも素晴らしい。