親知らず四号を前にして

どうもここのところ浮き世の仕事で忙しくなっておるのだが、そんなピーク時になんで入れたんやろ一本だけ残った親知らずの抜歯予定。打ち合わせも途中で抜けて雨の中デンタルクリニックに向かう道すがら、そういえば昔に大阪の病院で下の親知らず抜いたときは1時間半もかかったっけと思い出す。奥にあるだけでなく、根が複雑にまるで蛸の足のようににょろにょろと迷走している構造だったらしく、歯を砕いて肉を切ってほじって抜いてという作業で、まあたいへんなことはわかるが、そのときの医者がやたらと、おかしいなあ、おかしいなあ、と困惑する声を連発するので当方の身体はますます硬直し、口の端にひっかけられた器具もさすがに1時間を超えると口角部を損傷せしめるほどの負荷をかけてきやがった……ということで記憶の奥底に沈澱していたはずの寝た子の苦い記憶が浮上してきて氷雨の中、さらに緊張が増してきたわけだが、実際の所はクリニックの診察台に乗ってから前処置に10分、ほんで抜く作業はほぼ1分くらいで終わって、なんか拍子抜け、ちゅうか歯抜け。傷口を縫ってもらって、しげしげと我が口腔内に何十年もの間棲息していた親知らず四号、いまやトレイの上に全裸で横たわる親知らず四号を眺めておったわけです。なんや、えらいアッサリと君との関係は終わりを告げたわけやね。「お持ちになりますか」と医者が聞くのでつい永年連れ添った四号に哀れを感じ、はい、と答えたワシであるが、持ち帰ってじーっとこの四号を前にしながら、さて、こんなもん家に置いていても例えばワシが死んだ後に残された家族も処分に困るわな。まさに遺品やんw。 ということで、一応自宅に運搬はしてみたものの、昔、乳歯が抜けたらそうしたように上の右の四号だったのでどこか縁のある土にでも埋めて供養しようかと、そんな風に夢想する今日がわたしの抜歯記念日。ぱくり、と。