Yaron Herman Trio @すみだトリフォニーホール 20091024

心底美味しいと感じられる料理に出会ったとき、人は、皿に残ったソースでさえ最後の最後まで味いたいと思う(…よね?)。2009年10月24日。この夜行われたYaron Herman Trioの演奏も、曲のエンディングの最後の一音、まさに音が消えかかる瞬間まで “食べ尽くしたくなる”、そんな聴く者の食欲を刺激するものだった。
Yaron Herman(ヤロン・ヘルマン)は彼のホームページによると1981年イスラエルテル・アビブ生まれのピアニスト。バスケット選手からピアニストに転身したのが16歳というからスタートはずいぶん遅めだ。しかし、哲学や数学、心理学などを用いたユニークな教授法をもつ師のもとでピアノを学んだYaronは、わずか2年後には賞を獲得するまでに急成長し、19歳のときにはバークリー音楽院に入学(しかし、すぐに辞めたらしい)。その後、イスラエルやパリで演奏・創作活動に入ったという。そのスタイルはジャズをベースにしながらも、現代音楽、ロック、ポップス、クラシックなど幅広い音楽が高度な次元でミクスチャーされたものであり、オリジナル曲のほかにもStingBjorkといったアーティストの楽曲も斬新なアレンジで演奏する。この才人のソロ・ライブを今年の4月、同じこのホールで体験しているのだが、そもそもの出会いはこうである。某輸入レコードショップの試聴コーナーでたまたま遭遇したデビューアルバムの音に、「…これは…ただごとではない!」と驚き、さらにそのアルバムの1,000円という破格のお値段に2度ビックリ。「1,000円で、このクオリティ…」 そして、その夜インターネットで検索し、You Tubeでいくつかのライブ映像を観て3度目のビックリ。「なんちゅうリリシズム! なんちゅうオリジナリティ! なんちゅうお茶目なパフォーマンス!」 そして彼のソロ・ライブが近々日本であることを知ったのだが、そのライブのチケットがなんと3,000円(税込み)。「安い!」またしてもビックリ! プロモーションを兼ねての来日だとは思うが、それにしても今どきアマチュアバンドの対バン企画でもそのくらい取るぞ、と(笑)。こうしてビックリの四乗の末に出かけたソロ・ライブだったが、それはそれは刺激的なものだった。ピアノという楽器、あるいはジャズという音楽の新しい可能性について目を開かせてもらった(そして、終演後にCDにサインもらって握手もしてもらって…けっこう私もミーハー)。
そして今回のトリオでのライブだ。ベーシストとドラマーは直前にメンバーが変更になったのだが、これがまたトリオ演奏ならではの素晴らしいものだった。前回4月の感想は、たとえて言うならば「素晴らしい詩の朗読を体験した」感じ。多彩な表現をこらした一篇一篇の詩が連なり、鮮やかな色のグラデーションを見せてくれた。それに対して今回のトリオ・ライブは「優れた対話劇を目撃した」という感じだろうか。Yaron HermanのピアノとCedric Becのドラムスがダイアローグの基本線を構成し、Simon Tailleuのウッドベースが両者の話題を巧みに融和させる。ピアノとドラムというある意味デジタルな「打楽器」同士の会話をウッドベースというヒューマンな味をもつ楽器がゆるやかにつないでいく。そして、Yaron独特の美しく個性的な和音が空間を自由に動き回りながら、全体の会話に視覚的な要素を描き出し、色をのせていく。ときにアグレッシブに、ときにリリカルに…。ギターのように弦を左手でミュートしながら、あるいは、ピアノの上に置いた小さな鉄琴を右手のマレットで響かせながら…。Plattersの“Smoke Gets In Your Eyes”、Policeの“Message In a Bottle”といったカバーを交えつつ、けっして内に籠もったり、極度に先鋭的になることもなく、つねに聴衆をエンタテインしようとする優しさが感じられる。Bjorkの“Army of Me”だと思って楽曲の大船に揺られていると、いつしか“Rapsody In Blue”波止場に寄港し、気づくと瞬く間にまた船は大海原に運ばれて、水平線の向こうにこれまで見たこともなかった“Over The Raibow”大きな虹が現れる、というめまぐるしく変わる幻想的な展開。また、“Sakura”では、エンディングで彼が高音部を軽くトリルでひと弾きすれば、青空を背景に何枚かの桜の花びらがハラハラと散る様子がたしかに目に浮かぶ。そう、さまざまな「絵が浮かぶ」のだ、この対話劇は。非常に視覚的で色鮮やかな音色、変幻自在の演奏にいつしか周囲のオーディエンスも、一音たりとも聴き逃すまいと背もたれから上半身を起こしている。優れたライブで時折体験することだが、分子レベルまで細かくなった音の粒子みたいなものがあって、その大量の音の粒子が耳や毛穴や器官を通じて私の体内に次々と侵入し、やがてカラダの内部で歓喜ブラウン運動をはじめるような感覚がある。胸が痒いような麻痺するようなワクワク感なのだが、その刺激が続くとやがて顔の表情筋と涙腺は緩み、ヘラヘラと笑いはじめてしまう(他人が見たらヤバイ:笑)、いわゆるナチュラル・ハイ状態。その何年かに一度の感覚に襲われたワタシは、そのままのダメ人間状態をキープしたまま最後までこの奇跡のライブを楽しんだ次第であります。
それにしても、ベースもドラムも知的なプレースタイルの素晴らしい奏者。とくに、抑制のきいたテクニカルなシンバルワークには驚いた。ドラムはごくふつうのセッティングなのに、あの音数。一体どうなっているのか(笑)。背筋も伸びて、全然涼しい顔ですさまじい音符を叩く姿には、もう言葉もありません。
永遠に聴いていたい…そう思えるライブがそこにあった。5回にわたるアンコール、最後にはスタンディング・オベーション。ジャズ、そして音楽にはまだまだ可能性があり未来がある。そう思わせてくれた一夜だった。


(PS)THE BEATLES IN MONO米国から到着。当たり前だが紙ジャケって日本以外でも作ってたのね(笑)……と思いきや、やはり小さな字でPrinted in Japan. と書いてある盤もあるな。
そして城島、驚きの阪神スピード入団。これで捕手とクリーンアップをまとめてゲット。あと欲しいのは強肩俊足の外野手と二塁手だな。
ア・タイム・フォー・エヴリシング