上り東海道新幹線

ふと左の窓を見る。工場群のむこう、上空に幻のように見えるか見えないかギリギリの富士山の像。白い頭だけ。そう、あの写真に出てくる雪を抱いた頂上部分だけが雲あるいはモヤにかこまれて顔をのぞかせている。それを目を凝らして確認しようとすると、鉄橋を猛スピードで渡るせいか、そのはかない像はフラッシュライトのように網膜にイメージとしてのみ残っていく。さらにじっと眼を細めて確かめよう、その存在を意識にとどめようとアガくうち、その姿は9時の方向からどんどん8時、7時と、後方に流れていき、やがて左後ろの山々の間に消えていった。
目の前の風景が凄まじい速さで後ろに飛んでいく。その一方で富士の姿がじっと止まっているかのような瞬間がある。暖かな光/窓際の席/晩夏の雑多なノイズ/くもり空/子どもが背中のトレイを揺らす/大学生と思われる旅行客/ゲームに興じる小学生/人事異動、あるいは予期せぬ出張/キーボードを叩く音に聞こえるある種の自意識……