TOM WAITSとDAN HICKSを結ぶ長〜い麻糸

いきなり冒頭から何だが、観たいぞトム・ウエイツ。いろいろと伝説的なアーティストはいるが、あの濁声の酔いどれシンガーはなかなか来日しない。ライブはDVD、あるいはYou Tubeで観るのみである。

しかし、あれは1988年。忘れもしない、新橋の酒席で先輩T氏がぽつりと漏らした一言。

「オレさ、昔、金沢でトム・ウエイツのライブ観たことあるよ」

愕然とした。1988年といえば、前年に名作“RAIN DOGS”を出し、ジム・ジャームッシュの映画に出演し、現代の酔いどれ詩人として大きな注目を集めていた頃だ。あのトム・ウエイツが、その昔にすでに来日しライブをしていたとは。しかも、金沢……えええ!

記録を見ればたしかに1977年、トム・ウエイツは金沢でライブをしている。この初来日時のツアーは小規模なホール中心で、東京や大阪、名古屋はもちろん、札幌から金沢や岡山などの地方都市もまわっている。しかも、翌年には2度目の来日。うーむ、観たかった!(といっても当時の私は和歌山に住む中坊で、トム・ウエイツを観るような渋い趣味は持ち合わせいるはずもないのだが……)

この1977年にトム・ウエイツをはじめて日本に招聘したのが、知る人ぞ知る「小さなプロモーター」Tom’s Cabinの麻田浩さんだ。Tom’s Cabin主催のライブには近年行き始めたばかりだが、フリッツ・リッチモンド追悼ライブ(ジム・クエスキン、ジェフ・マルダー、ジョン・セバスチャン細野晴臣各氏のジョイントライブという信じられない企画付きだった)、トニー・ジョー・ホワイト、それからジェフ・マルダーの単独ライブはわざわざ京都のライブハウス「磔磔」まで観に行った。でも、故・アーティー・トラウム、エイモス・ギャレット(あとでサイン入りCDを買ったけど)、マリア・マルダー、クレア・マルダーの母娘、こうした重要なライブの数々は仕事のため観ることかなわず…。きっと、いつまでも企画は続くものと高をくくって、イージーに見送ってしまっていたのだろう。しかし、ある日Tom’s Cabinから衝撃のメールが。今度のダン・ヒックスのツアーでプロモートを中断するかもしれないという内容だった。

ということで行きましたよ、ダン・ヒックス・アンド・ザ・ホット・リックスのツアー最終ライブ。6月5日(金)横浜サムズアップへ。これまで数々の渋いライブをプロデュースしてくれたTom’s Cabinに少しでも恩返しをと、そんな気持ちだった。じつをいうとダン・ヒックスはファーストアルバム(DAN HICKS AND HIS HOT LICKS名義のOriginal Recordings:超名盤)は持っていたものの、ライブは観たことがなかった。しかし以前からライブパフォーマンスが楽しいという話は聞いていたし、友人のM君からも「今回観ておかないと日本で観られるかどうかわかんないすよ、Tom’s Cabin以外に呼ぶ会社があるとは思えない」と冷静に言われ、限定品バーゲンに駆けつけるお買い物マニアのような気持ちになっていたのも事実だ。

横浜西口の相鉄ムービル3階。当日券は立ち見だそうだが、どうにか空いている席に座れた。ところがその幸運の席はPAの完全な真横。身体をぐぐっと傾ければダン・ヒックスこそ見えるものの、その他には、2段に積み上げられたスピーカーのごくわずかに空いたすき間からどうにかコーラスの二人(の一部)とギタリスト(の手元)とヴァイオリン(の手元)とベースのネック(の一部)が見えるのみ。定評ある、ゆるーくショーアップされたステージの全体像を観るにはまったくもって不適な席ではあったがそれでも非常に楽しめた。

ルーツミュージックと簡単に言うなかれ。これは極度に洗練されたサウンド。そして、なんといっても、彼らのショーマンシップというか客を楽しませようとする心意気がうれしい。ヴァイオリン、マンドリンのリチャード・チョン、ベースのポール・スミス、ギターのデイヴ・ベルが小粋なソロを展開し、ロベルタ・ダネイとダリアのコーラスとダン・ヒックスの歌が自由な掛け合いをみせる。そして、そんな余裕のプレイがなおさら洗練された大人の音楽という印象を強くさせる。基本はカントリーやブルーグラスやトラッドフォークにあっても、“ジャズふりかけ”が多めにかかっているせいか、非常に色彩豊かで都会的な感触だ。ボクは今回のライブを観て、一発で彼らのことが大好きになった。
最新アルバムの曲はもちろん、CDで聴いてノックアウトされた“Canned Music”や“I Scare Myself”、そして戦前のジャズ曲や、そしてなんとトム・ウエイツの曲(たしか“Piano Has Been Drinking”…間違ってたらごめんなさい)もやってくれた。ホホーイ!

とにかく音楽の楽しさと素敵さを再認識させられたライブだった。終演後、近くにいらした麻田浩さんに「ありがとうございました」とせめてもの感謝の気持ちを述べると、「こちらこそ」と力強く握手してくださった。

翌日は日曜日、自宅でトム・ウエイツの1975年と1979年のライブ映像を見た(DVD “NO VISITORS AFTER MIDNIGHT”)。ファーストアルバムとセカンドアルバムの曲が中心で、Hatを被ったトム・ウエイツは若々しく、しわがれ声もまだまだクリアだ。ダン・ヒックスとはまたタイプの異なるパフォーマンスを見ながら、この頃のライブが見たかったなあと再び思った。そして、この時代のトム・ウエイツと昨晩のダン・ヒックスの間に流れる30年以上の月日を綿々とつないできた麻田さんたちの熱いプロモート魂に思いをはせるとき、ボクの心にまたホッコリと温かいものが宿ったのだ。

本当に素晴らしいアーティスト・音楽を教えてもらった麻田浩さんとTom’s Cabinのスタッフの皆さんに感謝します。またいつの日か!



Tom's Cabin Web site(Dan Hicks当日ライブの画像も見られます)
http://toms-cabin.com/

Tangled Talesダン・ヒックスとホット・リックス(紙ジャケット仕様)