最高にクールな猫の記憶

貧乏学生時代のボクの避暑対策。
水風呂を浴びる、ドアというドアをすべて開けっ放す。
換気扇のスイッチを入れる。それでおもむろに半裸でゴロ寝すれば、身体の上を静かに空気が動くのを感じる。

そんなある夏の午後。たまにはクラシックでも、と友だちから借りてきたラヴェルをかけて、例によって寝ころんでじっとしていた。すると、どうも何やら玄関の方でこちらをじっと見ている視線を感じる。こんな格好のところを人に見られたのかと思い、おそるおそる首を向けてみれば、玄関には野良のトラ猫が一匹、行儀良く座っている。しかも、目を細めて音楽に耳を傾けているようにも見える。
なんだ、猫かと少々拍子抜けしながらも、「フーン、君もこういうのを聴くんだ?」などとふざけて話しかけてみる。だが、猫はそんなことにはお構いなしにじっと目を閉じて曲に聴き入っている。ボクは非礼を詫び、もう一度ゴロリと横になった。
単調なリズムは心地よく、猫とボクは距離を保ちながらそれぞれ静かにメロディを追っていた。そして、やがて眠くなってしまったボクは先に脱落してしまった。

目を覚ますと、音楽は終わっていた。

そういえば、と思い玄関を見ると、そこにはもう猫の姿はなく、ただ隣の家から聞こえる高校野球の実況とセミの声が西陽にまじっていた。あの猫、またやって来ないかなと思ってまたレコードをかけてみたけれど猫は来なかった。

すると、かわりに突然部屋にスーッと風が吹き込んできたのだ。

それは、それまで体験したことのない涼しさだった。